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新米パパの子育てエブリデイ

元高校教師が新米パパに!育児日記や知育、レゴデュプロ、英語子育て、ライフスタイルなど、いろいろ書いています。


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何を考えているかわからない、感情をストレートに表す赤ちゃんから学ぶこと


何を考えているかわからない赤ちゃん

機嫌がいいかと思えば、突然大声で泣き出したり、抱っこされながら反り返ったりして、何を考えているかわからないのが赤ちゃんですが、月齢を重ねるにつれて、少しづつ自己主張が出てきて、「おっぱいが欲しい」とか「今眠たい」ということが少しずつわかるようになってきます。

育休に入り毎日育児に忙しくしていても、働いていた時と比べると少し余裕が生まれて、いろいろ考える時間ができてきました。

ストレートに感情を表す赤ちゃんと大人の社会

赤ちゃんは快、不快を中心にストレートに自分の感情を表すのに対して、大人の世界では(特に日本では)自分の気持ちを表すことはしませんよね。

空気をよむという表現に代表されるように、少しくらい嫌なことがあっても上司に対して何か意見があっても、大抵の場合はぐっとこらえてやり過ごすのが日本のサラリーマンの一般的な姿といったところでしょうか?

空気を読みながら、直接的には意見を交わさず仕事をするのが当たり前になっている会社だと、

  • 仕事のやり方は、これくらい知っていて当たり前だよな
  • 社長がこういってるんだから従うのは当たり前だよな
  • 君の家庭は今大変かもしれないが、大変なのはみんな同じだから、遅くまで残って仕事を終わらせるのは当たり前だよな
  • 他のみんなも有休取ってないから当然君も休まないよな

といった具合に「当たり前」として要求される内容が知らず知らずどんどんエスカレートしていき、気が付いたら泊まって仕事をしている人がいるなんてことがないでしょうか?

(私の会社がこうだとは言ってませんよ。)

ただ、そんな風に暗黙の了解事項がたくさんあるような会社に限って、残業時間が長い人ほど評価され、仕事を効率よくうまくやった人(残業が少ない)が評価されるわけではない、ということがあるように思います。

(あくまでも一般論で私の勤務先がこうだということではありません。)

日本の会社は仕事に対する成果よりも、上司の感情やコネが評価基準になっているようなところがまだあるように思います。空気を読むことを強いるような職場環境には、その方が好都合なのかもしれません。

 

自分だって赤ちゃんのころは、空気を読むようなことはなく気持ちをストレートに表現していたはずなのですが、何歳くらいから空気を読むようになっていったのか。ちぇぶが空気を読むような大人に成長していくことがいいことなのか、どうなのか。

もう少し考えてみたいと思っています。